初夏の昼下がり・・・兵庫県姫路市の通り沿いの古民家で、澤田善弘さん(57歳)が藍染のシャツを着て糸車を回している。
左手にあるのは「篠巻き」という棉の束。
そこから、糸が繰り出されて、右手で回す糸車に巻きついていく。
機械で作れば均質だろうが、手で繰り出すと、太くなったり細くなったり、そこに"表情"が生れる。
「機械のようにゼロと1ではなく、アナログなんですよね」
ふんわりと柔らかい生地の原型がそこにある。
伝統を背負って
澤田さんは「5代目棉屋善兵衛」を名乗る。
初代善兵衛は、明治13年に姫路市内で布団用の棉の卸売りを始めた。
そもそも姫路は、江戸時代、日本有数の棉の産地だった。江戸時代後期、財政難になった姫路藩を立て直した家老、河合寸翁が、木綿の栽培を奨励し、江戸で専売権を得て、高級木綿の地位を確立していた。
澤田さんの父は、綿の需要が減退する中で、空調用のフィルターなど商売の多角化に乗り出した。善弘さんもソフト事業の開発に携わったが、いつしか「綿の良さを伝えたい」と思うようになった。
「本当の綿の魅力」を探求し、徳島に通って藍染を習い、中国やインドにも足を運んだ。
結局、最高級のオーガニックコットンでなければ、「本物」にはならないと感じ、オーガニックコットンを通常の化学染料ではなく、天然の草木染にして製品化した。
「姫路木綿」の商標も取って、息子さんを含め、家族三人でショップを経営している。
今が分かれ目
低成長の中、アパレルも「安さが勝負」の世の中。
そんな中で、澤田さんは、「ここ2-3年がチャンスかな」と密かな手ごたえを感じている。「STORY」など、女性誌で、特集が組まれ、お母さんたちのナチュラル志向が顕在化してきているからだ。
姫路市の北部、夢前町の自治会長が無農薬のオーガニックコットンを栽培し、供給してくれることになった。
普通、商売は、「売れる値段」に対してコストを削る。
それに対して、澤田さんは、「楽なことを選ばないのが、私のやり方」という。
手作りにこだわり、「よりいいもの」を目指す。
店にある「姫山絞り」のTシャツや、ストールは、1万円以下の値段だが、澤田さんは40センチ四方の木綿の布を広げて見せた。
「糸の間隔を広げて、より優しい肌触りにしてみた」というその布は、赤ちゃんの肌着として試作したもので、5000円前後の価格になるという。
広げて見せた藍染のストールは1本5万円にもなる。
「いいものを作るにはコストがかかる。それを理解してもらえるようにしないと、商売にはならないのです」
後世に伝えたい
「本物」を知ってもらうため、兵庫県各地の小学校で出張授業をしている。
「棉の育て方」「糸を作る」「草木の汁で染める」など4回のコース。子供たちは目を輝かして取り組む。
「綿の良さを後世に伝えていきたい」・・・そこに「妥協」はない。
ちなみに、「棉屋」の「棉」は糸になる前の「棉」――そこにもこだわりがある。
「世界にこれ1枚」という澤田さんのセールストークに乗せられ、伝統の「姫山絞り」のTシャツを買った私。
何とも言えない柔らかさ・・・この夏の定番にしよう。
(取材記者・坪田知己)